東京地方裁判所 平成9年(ワ)15841号 判決 1998年7月14日
原告
株式会社ワンダフルホーム
右代表者代表取締役
宮原幸雄
被告
国
右代表者法務大臣
松浦功
右指定代理人
武内信義
外五名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し金三〇〇万円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、宅地建物取引業者である原告が、昭和五七年一〇月二一日、宅地建物取引業法二五条に基づき、営業保証金の供託として、横浜地方法務局川崎支局に割引国庫債券(額面金三〇〇万円、償還期限昭和六二年三月二〇日)を供託したところ、平成九年三月二〇日の経過により、右国債の償還請求権が時効により消滅したことから、右時効消滅により、原告が新たに金三〇〇万円の供託をしなければならなかったこと、あるいは、右時効の完成により金三〇〇万円の償還請求権が消滅したことは、右時効完成前に原告からの問い合わせを受けた法務局職員が適切な指導を行わなかったことによる損害であるとして、被告に対し、損害賠償請求として金三〇〇万円の支払を求めた事案である。
第三 争点
原告は、前記時効完成に先立ち、法務局に対して問い合わせを行ったか否か、また、この問い合わせに対して法務局側がどのように対応したか。
第四 当裁判所の判断
一 本件証拠により認定される事実経緯
原告代表者本人尋問の結果、成立の真正について当事者間に争いのない甲第一ないし第六号証、証人那田裕二の証言、右証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証、成立の真正について当事者間に争いのない乙第一ないし第三及び第五ないし第七号証並びに弁論の全趣旨によれば、次のような事実が認められる。
宅地建物取引業法は、二五条一項において、宅地建物取引業者に営業保証金の供託義務を課しており、右営業保証金については、同条三項により、国債証券をもって充てることができることとされている。
供託されている有価証券について消滅時効の完成を避けるために供託者が執り得る手続としては、供託物を他の有価証券あるいは金銭に差し替え、従前の供託物を取り戻す、供託物の差替手続と、供託者の請求により、当該有価証券を供託したまま、供託所内部の手続によって償還を受け、その償還金を継続して供託の対象とする、供託法四条の代供託手続とがある。
有価証券の供託者から、供託物の取戻手続について質疑を受けた場合、法務局では、当該供託物の取戻請求権が差押えを受けているなどの事情がない限り、前記の二つの手続のうち、供託物の差替手続の方を指導している。これは、代供託の手続を執った場合には、供託の対象となった金員につき、供託法三条に基づいて利息が付されるものの、供託物を割引国債に差し替えた場合に得られる利息の方が一般的に有利だからである。
ところが、当該供託物の取戻請求権が差押を受けている場合には、右の供託物差替手続を執ることはできない。
原告の供託物取戻請求権は、平成四年ころから税の滞納処分による差押えを受けていたため、供託物の差替手続を執ることはできず、消滅時効の完成を避けるためには、供託所に請求して、代供託の手続を執ってもらうほかなかった。
二 具体的な争点の所在及びこれに対する当裁判所の判断
1 以上のような経緯よりすれば、本件においては、もしも原告が、前記消滅時効完成の以前に、供託所から代供託の手続を執るよう指導を受けていれば、時効完成による償還請求権の消滅という事態は避けることができたということができる。
2 そして、原告は、供託所からの指導に関し、前記消滅時効完成の一〇日ほど前である平成九年三月一〇日ころ、横浜地方法務局川崎支局に対し、供託物取戻請求権が差し押さえられていることも説明しながら、時効及び還付請求について行政指導を求めたところ、同局からは、供託物について差替手続を執らなければ時効が完成するとの回答があっただけで、代供託に関する指導は何らなされなかった、原告は、右のとおり説明を受けたものの、差替手続を執るための資金を手当する目処がつく状態になく、宅地建物取引業免許についてもあきらめなければならない状態にあったため、差替手続を執らなかった旨主張し、原告代表者も、本人尋問及び陳述書(甲第六号証)において、右主張に沿った内容の供述を行っている。
これに対し被告は、原告が時効完成に先だって供託所に指導を仰いだ事実自体を争い、横浜地方法務局川崎支局に勤務する供託専門職である那田裕二は、口頭弁論及び陳述書(乙第四号証)において、平成九年三月一〇日ころに原告から問い合わせを受けたという記憶はなく、部下にも確認したが、そのような事実は確認できなかった、また、問い合わせを受けた件について、供託物取戻請求権が差押を受けているという特殊な事情がある場合には、供託所では、回答に慎重を期するため、その場での即答を避け、上司及び供託官と相談の上、後日回答する取り扱いをしているし、差押がなされている場合には、供託物の差替手続は執れないのであるから、供託所が差替手続を指導することはあり得ず、もし問い合わせを受けたとすれば、代供託の手続を指導したはずであると供述している。
そこで、原告の主張どおり、右消滅時効完成に先立って原告が供託所に問い合わせをしたかどうか、という点について検討する。
3 まず、供託物取戻請求権が差押を受けている場合には、問い合わせに対して慎重に対処するとの那田の前記供述は、公務上の事務処理に関するものである上に、その内容は合理的であり、信用性に疑いを差し挟むべき事情は認められない。したがって、問い合わせに対する右のような供託所の対応姿勢に鑑みると、原告が差押を受けているとの説明をしたにも関わらず、供託所が、手続上は執ることのできない差替手続を指導するということは、極めて考えにくいところといわざるを得ない。
4 また、前掲証拠によれば、右時効完成後の事実経緯として、以下の事実を認めることができる。
平成九年三月二八日、横浜地方法務局川崎支局(以下「供託所」という。)供託官は、日本銀行川崎代理店から、償還金請求権の消滅時効が完成した割引国債(本件国債証券)の取戻通知を受けたことから、同年四月二八日ころ、有価証券払渡請求書を作成提出して、右川崎代理店に対して取戻請求を行い、前記国債証券を受領した。
同月三〇日、供託官は、原告に対する宅地建物取引業免許事務の所管者である神奈川県に対し、右時効完成により原告の供託している営業保証金に不足が生じた旨を通知した。
同年五月初旬ころ、神奈川県は原告に対し、供託すべき営業保証金が三〇〇万円足りないので供託するよう連絡した。
原告は、供託所に連絡し、県から連絡を受けた旨説明するとともに、供託の手続について問い合わせを行い、供託所から手続についての説明を受けた。
同月一三日ころ、原告は供託所に対し、時効の完成した国債証券の払渡手続と、供託書正本を紛失した場合の手続について問い合わせを行い、供託所から、供託書正本を紛失した場合の上申書の書き方などについて説明を受けた。
同年六月九日、原告は供託所供託官に対し、営業保証金の不足額金三〇〇万円を供託するとともに、供託していた国債証券の払渡を求めた。しかしながら、右証券は滞納処分による差押の対象となっていたことから、供託所は原告に対して、払渡請求には応じられない旨回答した。
同月一一日、東京国税局から供託所に対し、前記差押の解除通知が送達された。
同日、原告は供託所に対して前記国債証券の払渡を請求し、供託官はこれに応じて証券を原告に払い渡した。
同月一七日、原告は東京簡易裁判所に対し、被告を相手方とする民事調停を申し立て、「供託中の前記割引国庫債券が供託所の保管義務不作為により、平成九年三月二〇日をもって消滅時効の完成に至り無効割引国庫債券にされてしま」ったことを申立理由として主張した。
右調停は、同年七月三一日、不調に終わり、同日、原告は本訴を申し立てた。
右の経緯に加え、前記那田裕二は陳述書において、原告代表者は平成九年六月二八日ころ、那田に対し、電話で、前記払渡により受領した国債が時効により換金できないのは納得できないから国に損害賠償を請求する趣旨の調停を申し立てた旨連絡してきたが、その際原告代表者から、供託した有価証券の保管義務は法務局にあるのか日銀にあるのか、有価証券の時効完成前に事前通知義務があるのではないか、との問い合わせがなされた旨、をさらに、口頭弁論における証言においては、原告から供託所の指導に対する苦情が申し立てられたのは、本訴の訴訟手続が開始してからのことである旨を各供述している。
前記の事実経緯、ことに、原告が前記調停申立に際し、供託所の指導ではなく、供託物に対する保管義務を被告の賠償義務の中核として捉えていることに照らすと、本訴申立に至るまでの経緯について述べる那田の前記供述は十分に信用することができる。
そして、那田の前記供述によれば、原告の被告に対する苦情の中心は、本訴申立に至るまでは、供託所の指導の不適切さではなく、時効の完成が近づいていたのに、これを時効完成前に原告に通知しなかったことであったと認められるのであって、このような経緯に鑑みると、本訴に至って初めて、時効完成前の供託所の指導が不適切であったと主張する原告の態度は、唐突の感を免れないものといわざるを得ない。
さらに、原告は、供託所から差替手続を教示されたにも関わらず、右手続を執らなかった理由として、当時は差替に要する資金を手当する目処がつかず、宅地建物取引業免許もあきらめざるを得ない状態にあったからであると説明している。しかしながら、そのように逼迫した財政状態にあった原告が、みすみす、三〇〇万円の償還金請求権が時効により消滅するにまかせていたというのは、不自然で信憑性に乏しい説明といわざるを得ないし、原告は、前記のとおり、平成九年五月九日には、営業保証金の不足分を供託するための手続を供託所に相談し、同年六月九日には、金三〇〇万円の供託手続を了しているのであるから、このような時効完成後の行動に照らしても、原告の右説明には釈然としないものが残るというべきである。
5 以上のような検討に鑑みると、供託所への問い合わせに関する原告代表者の供述には、前記の事実経過や関係証拠に照らして疑問があり、にわかには採用することができないから、原告が、時効完成前に供託所に問い合わせをしたとの事実については、これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
第五 結語
以上の事実によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官石井俊和)